合氣道 四方山話

合氣道いろいろ

「日本と合氣道を軸に様々なお話を気楽に綴ります」

ここに掲載するのはFacebookに公開中の武産合氣會日誌の成長(退化?)版です。当会の合氣道に関わることを中心にしますが、技術や理念の話だけではなく、その他のこと最近関心の深い時事問題、社会の問題など、色々と気楽に書き綴ります。軸は日本人であること。この国を守りさらに発展させるにはどうすればよいか。愚痴っぽいことも交えて書きます。こんなのでもよかったら、見てください。


23.10.21

武産合氣會合気道合気二刀術鍛錬組手の初手 稽古中二刀で打ち合い鍛えます。はじめは覚えるのに精一杯ながら、進むにつれて片手一本で相手の打撃を受け、躱し、攻撃できるようにしていきます。はじめは一刀より不利で力の使い方もままならないものの鍛えつつ理解が進むと技数が多いので一刀の太刀技の上達そして体術が楽になります。#合気道 #武産合気道 #武産合氣會 #二刀流 #合気二刀 #武器技 #大阪 #吹田 #神戸 ... See MoreSee Less
View on Facebook

17.10.21

萬葉歌百選-武産合氣會-<十一>山辺の 御井を見がてり 神風の 伊勢娘子ども 相見つるかも[読み]やまのへの みゐをみがてり かむかぜの いせをとめども あひみつるかも[意訳]山辺の御井を見に来て、はからずも、内心見たいと思っていた伊勢乙女たちにも逢うことができた。(和銅五年壬子 夏 奈良朝の風流詩人 長田王が伊勢の斎宮に遣わされた際の歌/ 皇紀1372年、西暦712年)※御井の水を汲む清浄な乙女をみることができた感激を述べた歌。「山辺」は三重県鈴鹿市山辺町付近か一志郡内とする諸説ある。「神風の」は「伊勢」の枕詞。伊勢は風の強いところだが、それを天照大神の荒魂によって吹く風とみたもの。「相見る」は出逢うの意。神に遣える清らかな乙女を垣間見た正直な思いを歌にしている。現代も神宮に遣える紅白の巫女の姿に重なる。---------/武産合氣會 ... See MoreSee Less
View on Facebook

09.10.21

武産合氣會合気道体術、両手取りの一つ手をそして胸を開き相手を受け入れ導く#合気道 #体術 #両手取り #武産合氣會 #武産合気 #大阪 #吹田 ... See MoreSee Less
View on Facebook

03.10.21

武産合氣會子供合気道合氣之杖間近に迫る昇級審査にむけて杖術練習中。体術もみっちりやりました。#合気道 #合気杖 #杖術 #武産合気 #武産合氣會 #子供 ... See MoreSee Less
View on Facebook

02.10.21

萬葉歌百選-武産合氣會-<十>ますらをの 鞆の音すなり 物部の大臣 盾立つらしも[読み]ますらをの とものおとすなり もののべの おほまへつきみ たてたつらしも[意訳]勇士たちの鞆の音が聞こえてくる。物部の大臣が盾を立てているらしいよ。(和銅元年戊申 元明天皇の御製/ 皇紀1368年、西暦708年)※即位、遷都などの時、石上(いそのかみ)、榎井(えのい)の二氏が盾を立てる慣例があった。元明天皇即位による大嘗祭のようすを歌われたと思われる。「鞆」は弓を射るときに左の臂に巻いて弦のあたるのを防ぐ防具。「物部の大臣」は石上麻呂をさし、物部氏は天武朝期に「石上」の氏を賜った。---------/武産合氣會 ... See MoreSee Less
View on Facebook

19.09.21

萬葉歌百選-武産合氣會-<九>いざ子ども 早く日本へ 大伴の 御津の浜松 待ち恋ひぬらむ[読み]いざこども はやくちゃまとに おほともの みつのはままつ まちこひぬらむ[意訳]さあ者どもよ。早く日の本の国、日本へ帰ろう。大伴の御津の浜辺の松も、われらの帰りを待ち焦れていることであろう。(山上臣憶良が遣唐使として唐滞在中に本郷を想い作った歌/ 憶良の帰国は慶雲元年、皇紀1364年、西暦704年)※「子ども」年下、または目下の者たち。 「大伴の御津」難波の津。遣唐使の発着した港。「大伴」は大阪から堺にかけての総称であり大伴氏の領地であった。---------/武産合氣會 ... See MoreSee Less
View on Facebook

 

 


※稽古日誌を見たい方はたまーに更新するので、こちらを見てください。

 

― 神戸武産合氣會 ―


➡ 表紙ページへ

➡ 武産合氣會とは