いわゆる天皇の人間宣言とされている詔みことのりですが、正しくは「新日本建設に関する詔書」です。この機会によく読んでみて頂きたい。どこにも「人間~」の言葉はありません。元々現人神という虚構はなく、日本の長い歴史の中で天皇と国民は信頼と敬愛の念で結ばれてきたと仰っているだけです。史上初めての大敗北を受けて、占領した米国軍に政治も民事も掻き回されるなかで食糧難、失業の増加に喘ぐ国民と心を一つにして困難に立ち向かいたいという願い。明治の五箇条の御誓文にあるように古くからある日本の民主的な精神をもって立ち向かえば、必ず復興発展をなすばかりではなく、このことが人類の幸福に繋がるのだと仰るまさに大御心おおみこころ※に他なりません。このような敗戦国の元首がこれまで世界に存在したであろうか。日本の天皇の御存在の尊さを深く感じます。当時の状況に思い致して涙が止まらなくなるのは私だけでしょうか。 /日本国臣民 拝/
「昭和天皇は後年、《民主主義の精神は明治天皇の採用されたところであって、決して輸入のものではないことを示し、国民に誇りを忘れさせないように》するためであったと回想しており(昭和天皇実録35巻4~5頁)、「人間」であることを宣言するような内容ではありませんでした。」(産経新聞【孤高の国母】(150)の記事より)
※合氣道はまさにこの大御心に沿う武道であり、開祖は合氣が人の世を幸せにすると宣いました。それは単に外国人にまで武道武術を教え弘めるという意味では全くありません。合氣の精神が世の中を明るく照らすのであって、心のない技術のみの悪用逆用を警戒し、術はみだりに開陳するものではありません。
官報 号外 昭和二十一年一月一日
詔書
茲(ここ)ニ新年ヲ迎フ。顧ミレバ明治天皇明治ノ初国是(こくぜ)トシテ五箇条ノ御誓文ヲ下シ給ヘリ。曰ク、
一、広ク会議ヲ興シ万機公論ニ決スヘシ
一、上下心ヲ一ニシテ盛ニ経綸ヲ行フヘシ
一、官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメンコトヲ要ス
一、旧来ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
一、智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
叡旨公明正大、又何ヲカ加ヘン。朕ハ茲ニ誓ヲ新ニシテ国運ヲ開カント欲ス。須ラク此ノ御趣旨ニ則リ、旧来ノ陋習ヲ去リ、民意ヲ暢達シ、官民拳ゲテ平和主義ニ徹シ、教養豊カニ文化ヲ築キ、以テ民生ノ向上ヲ図リ、新日本ヲ建設スベシ。
大小都市ノ蒙リタル戦禍、罹災者ノ艱苦、産業ノ停頓、食糧ノ不足、失業者増加ノ趨勢等ハ真ニ心ヲ痛マシムルモノアリ。然リト雖モ、我国民ガ現在ノ試煉ニ直面シ、且徹頭徹尾文明ヲ平和ニ求ムルノ決意固ク、克ク其ノ結束ヲ全ウセバ、独リ我国ノミナラズ全人類ノ為ニ、輝カシキ前途ノ展開セラルルコトヲ疑ハズ。
夫レ家ヲ愛スル心ト国ヲ愛スル心トハ我国ニ於テ特ニ熱烈ナルヲ見ル。今ヤ実ニ此ノ心ヲ拡充シ、人類愛ノ完成ニ向ヒ、献身的努カヲ効スベキノ秋ナリ。
惟フニ長キニ亘レル戦争ノ敗北ニ終リタル結果、我国民ハ動モスレバ焦躁ニ流レ、失意ノ淵ニ沈淪セントスルノ傾キアリ。詭激ノ風漸ク長ジテ道義ノ念頗ル衰へ、為ニ思想混乱ノ兆アルハ洵ニ深憂ニ堪ヘズ。
然レドモ朕ハ爾等国民ト共ニ在リ、常ニ利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等国民トノ間ノ紐帯ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ。天皇ヲ以テ現御神(アキツミカミ)トシ、且日本国民ヲ以テ他ノ民族ニ優越セル民族ニシテ、延テ世界ヲ支配スベキ運命ヲ有ストノ架空ナル観念ニ基クモノニモ非ズ。
朕ノ政府ハ国民ノ試煉ト苦難トヲ緩和センガ為、アラユル施策ト経営トニ万全ノ方途ヲ講ズベシ。同時ニ朕ハ我国民ガ時艱ニ蹶起シ、当面ノ困苦克服ノ為ニ、又産業及文運振興ノ為ニ勇往センコトヲ希念ス。我国民ガ其ノ公民生活ニ於テ団結シ、相倚リ相扶ケ、寛容相許スノ気風ヲ作興スルニ於テハ、能ク我至高ノ伝統ニ恥ヂザル真価ヲ発揮スルニ至ラン。斯ノ如キハ実ニ我国民ガ人類ノ福祉ト向上トノ為、絶大ナル貢献ヲ為ス所以ナルヲ疑ハザルナリ。
一年ノ計ハ年頭ニ在リ、朕ハ朕ノ信頼スル国民ガ朕ト其ノ心ヲ一ニシテ、自ラ奮ヒ自ラ励マシ、以テ此ノ大業ヲ成就センコトヲ庶幾フ。
御名 御璽
昭和二十一年一月一日
―武産合氣會―