更新しました (合氣道と日本の歴史)講座「米国大統領への手紙」

本会歴史講座
「合氣道と日本の歴史」に新たなページを加えました。
『米国大統領への手紙』です。

大東亜戦争末期の硫黄島の戦いで海軍部隊の戦闘指揮にあたった市丸海軍少将の遺書を紹介します。合氣道と日本の歴史講座はこちら

日本からみたら地球の反対側とも思えるウクライナ危機はまさに現代日本に戦慄的な危機意識を喚起せざるを得ません。ウクライナ人の悲惨な歴史と今置かれた状況を考えつつこの手紙を読めば、歴史認識を捻じ曲げられ角を抜かれてしまった今の日本人とは比較にならない当時の日本人の世界観と日本への思いがずっしりと重くのしかかり襟を正さざるを得ず、今まさに近隣国の脅威に曝される現代日本人がこれほどまでに無私の精神で戦えるか。考えさせられます。(現代口語訳は上記ページ下欄)

/武産合氣會


 

 

映画【愛国女子-紅武士道】

2月18日から映画【 愛国女子-紅武士道 】が上映されています。

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危惧したほどの宗教色はなく娯楽作品として面白いと思います。主役は剣道女子ですが、合気道女子や空手女子も登場します伝えようとするメッセージは誰でもわかると思いますが、近隣の無頼な野郎国家(南北朝鮮)の驚異、日本人をひたすら貶めようとする輩、父祖が血と汗で築いてくれた日本の富・知財を盗みとる輩、巧みに侵入し日本を犯す者達、日本人の貧困化・愚民化を押し進め続ける者たち、日本・日本人の今置かれた状況を考えてみれば、危機意識を皆が持たねば大切な祖国がいつ失われてもおかしくないということへの警鐘です。まさに「いまそこにある危機」。モンゴル、チベットやウィグル人が現実に支那人(Chinease)に侵略されたようにいつの間にか日本も侵され規範も文化も変えられ奴隷化さらには民族絶滅してしまってからでは遅い。まさに支那(China)が現在進行形で犯していることを目の当りにしては決して大袈裟な表現ではありません。すでに日本には北海道などに日本人が入れない土地がどんどん広がっていることに気付いている人がどれだけいるのか。不安にならずにおられようか。

危機に臨んで、父祖が営々と築いてきた世界で一番古い国を如何に守るか。人々がその役割に応じてなすべきことを勇気をもってやり抜く、死を覚悟すれば何でも可能になる。日本は二千年以上前から大東亜戦争後の七年間を除いて史上一度も他民族に征服されたことがなく、戦闘はあってもことごとくはねのけてきた国です。だから当たり前のように日常が続くことを信じてやまない。世界で唯一、二千年以上に渡って、いや縄文時代から考えると一万数千年以上自分の所属する社会が壊され他の文化を強要されたこともない、そして国がなくなった経験がない。国を守ろうという強い意志を持たずにすんできた世界で稀な幸福国なのです。

大きな戦いのあった時期だけを述べると、モンゴル襲来の元寇時、キリスト教を植民地征服の先兵とするスペインポルトガルの脅威をはねのけようと立ち上がった文禄・慶長の役から島原の乱までの時期、幕末から昭和二十年までの西欧のアジア植民地化と戦い続けた時という特異な時期を除いて外国人の脅威を考える必要はなかった。特に敗戦後のGHQによる強烈な民族・国体破壊を意図した占領政策のために愚民化・非国民化を受け容れてしまった結果、戦後七十年以上経過してもこの影響は情けなく続きこの危機意識を持てる人がどれだけいるのか甚だ心もとない。一命を賭しても国を守るという人がどれだけいるのか、自らを顧みてもそれだけの覚悟が本当にあるのか。特に政・経・官さらに報道全てが侵された上、日本人でありながら自国を貶め仇なす者がいかに多いか、自国内で愚かな足の引張り合いを続け多くが目先の卑小な利にのみ敏く保身に走る国のままでいいのか。

物語として面白いかどうかは各人で異なると思いますが、このような物語が上梓され全国で上映されたことを喜びたいと思います。三浦春馬さんが存命なら出演してほしかった・・・(三浦さんの死については上島嘉郎さんのYouTube番組ライズアップジャパン参照)

※なお当会は神道を尊びますが、その他の特定の宗教団体とは無関係です。

/武産合氣會


 

 

 

2月11日は紀元節

今年も紀元節となりました。

紀元節の意味は日本人の暦、皇紀元年、2682年前に神武天皇が大和の橿原宮で初代天皇として即位された日を記念して定められました。現存する民族国家として、最も長い歴史を持つことを国民が噛み締め祝う日を取り戻したい。

大東亜戦争敗戦後に日本を占領したGHQによる日本文化破壊の一環として祝日も弄いじられ、昭和23年に廃止されましたが、昭和41年に建国記念日として復活しました。しかしながら戦後七十年以上経過しても未だにその傷が癒えないのは情けない。日本の再起を阻むために押付けられたままの憲法と共にその経緯は日本人として恥ずかしく情けない話であり続けています。

※連合国最高司令官総司令部。最高司令官はD.マッカーサー。 大東亜戦争後の日本を占領・管理するための最高司令部として1945年東京に設置。日本の法規の改廃、憲法の押付け、検閲、教育制度の改悪、大学など教育機関の愛国者排斥・共産主義者優遇、日本の正しい歴史、愛国書籍の焚書坑儒など、国際法を無視した蛮行を多数行った。日本人の自信を喪失させ、国体を歪め、強い日本の復活を阻み二度と白人に歯向かわないようにとする意図は明白で、その傷は未だに癒えず、悪化しているともいえる。反日日本人が増えた原因もここにある。今ではこの日本の綻びを中・韓等が日本への内政干渉・浸透工作に露骨に利用している。

 

嘗て四大節と言われた祝日は以下の如く

新年節(四方拝) 1月1日
   1月1日元日の早朝に行われる皇室祭祀さいし。天皇が清涼殿の東庭に出て、属星ぞくしょう・天地四方・山陵を拝し、五穀豊穣ほうじょう・天下太平を祈る。明治以降は神嘉殿しんかでんで、皇大神宮・豊受大神宮・四方の神々を拝することに改められた。
紀元節 2月11日
   日本書紀に記された神武天皇即位の日とする1月1日を太陽暦に換算した2月11日を祝日と定めた。 明治5年12月に制定。敗戦後、昭和23年廃止。しかし、自主憲法制定を党是として成立した自由民主党の有志が動き、社会党や公明党など反日左翼(今では親中・親韓と同義)の抵抗を排して昭和41年に建国記念の日として復活した。   
天長節 2月23日
   天長節は今上天皇の御誕生日。敗戦後、不敬にも天皇誕生日と呼ぶようになった。奈良時代、光仁天皇の宝亀6年(皇紀1435, 西暦775) 9月の詔勅によって初めて行われ、その後、中断したが、明治元年になって再興された。昭和の天長節は4月29日の昭和の日として残った。
明治節 11月3日
   明治天皇の御誕生日、つまり明治の天長節。敗戦によって昭和23年に廃止され、昭和21年にGHQに押付けられていた日本国憲法公布日を被せることで文化の日とされた。まさに日本人から明治の発展の記憶と誇りを消し去るための仕掛け(の一つ)といえる。

 

/武産合氣會


 

 

謹賀新年 令和四年 年始めの辞

令和四年 新年が明けました。おめでとうございます。

これからの一年だけではなく、今後の日本の復活、隆盛にとり肝となる嘗ての日本人の真の営みと自らの先人から受け継ぐ誠の力に気づいてもらえるよう、及ばずながら可能な限りの努力を重ねたいと思います。

趣味として、健康のため、体力造り、美容のため、強くなるため、武術への興味、護身術として、教育のために、・・・様々な理由で合氣道を始める人がいます。どのようなきっかけでも大丈夫です。機会はなんであれ、共に汗を流して行う稽古を経て自らの祖先から受け継ぐ誠の力を信じ、自分だけではなく家族、地域、そして社会のために為すべきことを為せる人を育てることが我々の本望です。貴方アナタ自身が幸せになることが家族のそして社会の幸福に繋がることならばそれも大切なことなのです。

重大な決意をもって始めるに越したことはありませんが、肩の力を抜いてもっと軽い気持ちで始めても或いは続けても大丈夫です。また、今技が進まなくて悩んでいても、歴史が示す通り、本人が諦めたときが本当の負けが決まるときであることを心の隅に置いて、飽かず諦めず当会での稽古に臨んでもらえたらと思っています。悩んだら指導者に相談するのが大切で、大仰な講話拝聴ではなく軽い会話によってあっさり解決することもよくあります。また、しばらく休んでみると新たな気持ちで再開できることもあります。あまり長く休むと復帰が難しくなりますが、常に前向きに山谷を乗り越えていってもらいたい。
 避けて通れない、外せない中核や反復が必須な部分はあるものの、マンネリ講義のように決まったことを年中否応なく押し付け、型にはめるのではなく、限界はあるものの指導者は打てば響く小槌のようなものであらねばならないと思っています。

表面上の向き不向きは確かにあります。多分に漏れず、力が強い、体力がある、体格が良い、動きが素早い、のみこみが早いなど、天賦の才、天性の感とも云える能力は当初は有利に働くでしょう。しかし、最も大切なのは祖先から受け継ぐ日本人の誠の血流とそれを心身に宿した己を諦めないということです。はじめから自信のある人や自意識過剰を含めて能力のある人は、なにも苦労して武道武術を修める必要はなく、実際にこれらの人はある程度で慢心しその先を知らずに終わることが多いのはなにも合氣道だけの話ではありません。兎と亀の寓話はまさに真也といえるでしょう。自らの欠点を意識し、恐れることなくそこに正面から向き合える人、目的意識が高く求道精神の強い人が何事も為せる人であるのは、むしろ常識として覚えておくべきことでしょう。

当会の合氣道では一般の合気道のイメージと違って継承する武器技が多いことをお知らせしていますが、その内容については殆ど出していません。体術もそうですが演武などで一般に対して稀に披露する技術は極めて限定しています。会員となっても段階を踏まねば、中伝(凡そ参段から)、奥伝は全く接することがありません。殊武術に関しては、最近ネット上でよく見かけるこれ見よがしの表面技術(のようなもの)の垂れ流しを真似るは愚。不特定多数の目に曝しているものは、仮にどれほど元が良かったとしても既に技術・武術とは言えません。昨年から当会でも始めた動画配信でも体技はあまり見せる予定はないのです。それは一つには「武道は見世物ではない」という開祖の御言葉を守っているからでもありますが、先人から受け継ぐ一つ一つの技術を粗末に扱わないことが、諦めてはいけないという思いに繋がるからに他ならないのです。

当会関連の道場は地域は限られますが複数あります。当会では少ない時は一人から始まり、二~三人、十人前後、数十人以上の道場もあり様々です。相手がいれば、術の稽古は体術、武器ともに大いに行えます。しかし冷静に考えると分かりますが人数は少ないほど内容が濃くなり深く進みます。多寡に関わらずいつでもどこでもそれなりの稽古ができるのが我が惟神合氣道です。思えば、確かに中核となる技の感覚とその磨き方を学んだのは師匠との一対一の稽古の場でした。それが未だに続く武道遍歴の中核を成しています。

人が多かろうと少なかろうと、又幾ら巧みな武術を頭で覚えようとも胆力がなければ無に帰します。術を覚えることと胆力から発する勇気は別次元のもの。合氣は胆力を氣の結び(産毘)で漸次涵養カンヨウ増進するもの。そして氣の稽古(氣を練る)は一対一の指導を受け一人でしか行えず、月の満ち欠けの如く一様に進むわけでもありません。我が身も未だ途上にあるように、長い時間がかかるか、あるときふっと腑に落ちるか、どちらにせよやっていなければ養えるはずもありません。特に氣の興オコシは人を頼む心があっては不可能です。云わば独りの時ほど氣を練り芯が磨かれる、その時合氣の武器技を鍛錬しておくこと、並びに日本人なら必ずあるはずの清心と誠を貫く心が要カナメとなるのです。上質の清酒は日本でしか造れぬ事実に通じます。すべての人がそのように行えるとは限りませんが、一人でも多くの日本人が先人の歴史に思いを馳せながら体技を学び、苦労を重ね、体術、武器技共に奥伝に至るよう導かれることを願ってやみません。

チャイナ発の武漢熱に世界中が振り回されて二年あまり、日本での被害は他国に比べればはるかに軽微であったとはいえ、この人災ともいえる感染症が無ければまだお元気だった方々、それが原因で命を縮められてしまった方々のご冥福を祈ると共に、我々自身がこの経験を忘れず、今後も備えなければなりません。この災厄から我々はさらに多くのことを学びました。これまでも今後もチャイナ発の災厄によって世界中が汚染され続けるだろうということ。感染症が兵器に成り得るということ。大東亜戦争敗戦後、さらにはこの三十年の停滞の時代に日本は哀しいかな喉首を外国に握られた状態に陥ってしまっているんだということを。まずはあらためて正面から皆で考えれる社会にならねばならぬと。

常に他国から秩序・規則の変更(ゲームチェンジ)を強いられ、利用され、草莽にある国民の努力の賜物である知識や富を外国に吸い取られてきた日本が復活を遂げ己の足で歩けるようになる道筋の第一歩は、まさに国民一人一人が歴史の真実に気づき、己が置かれた場で為すべきことを為せるようになることです。
 飛躍でもなんでもなく、我々の正しい合氣への取り組みにおいて、当たり前に障害を乗り越えていく推進力は己の自己満足のためだけではなく、大家族たる日本国のためであらねばならないと思えるのです。

日本書紀によると今年は初代天皇 神武天皇ジンムテンノウ(神日本磐余彦尊カムヤマトイワレビコノミコト)が大和の橿原之宮カシハラノミヤにて即位されてから凡そ2682年目になります。

 

皇紀2682年 令和四年 壬寅ミズノエトラ 元旦

惟神合氣道 武産合氣會 崎川


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